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裁判員裁判の量刑について考える

裁判員裁判が始まって約2ヶ月、各地で続々と審理、判決がされています。

やっぱりちょっと気になるのは、量刑ですね。今までは、考えられなかった検察官の求刑通りの判決がでることが多々あることに弁護士としては危機感を覚えざるを得ません。

正直、こうなることは予想できました。市民感覚を法廷に、というかけ声で始まった裁判員裁判、過去の新聞報道を見ても、犯した罪に対しての刑が軽すぎる、という批判が踊り、もっと重罰化を!!という声が国民の大多数の声だったのですから。

けしてそれを非難しているわけではありませんが、やはりちょっと怖いな、と思います。

というのも、私も弁護士になる前は大多数の国民の意見と一緒でした。

弁護士になるには、司法試験に合格し、司法修習を経ないといけません。この司法修習には、実務修習というものがあって、各地の裁判所、検察庁、法律事務所で研修を行います。私の時は、刑事裁判で3ヶ月、裁判所にお世話になっていました。

そのころの私は、純朴な青年でしたので、犯罪をおかした者は、十分に反省させるため、また、被害者の処罰感情を慰撫するため、長期の刑務所生活が必要であると考えていました。

しかし、その時にお世話になった裁判官が、こんなことを言っていました。「どんな人でも、刑務所に何日か入っただけで、人が変わったようになる。それが何年もということになれば、どんなにその人に影響を及ぼすかは分からない。そういうことを考えて判断を下さなければならない。死刑判決を下したときは、その判断で誤りがなかったかと今でも考えてしまう。」

確かに、重罰化は必要かもしれません。しかし、応報主義に流されすぎてしまい、矯正のためには不必要な刑罰まで課しているのではないかと考えてしまいます。

この流れを止めるためには、弁護士がもっと努力しなければならない、もっと努力しろとのお叱りを受けそうですが、自分が過去にはそのような考え方だったために、一生のうちに一度だけ判断をくだす裁判員にすべてをゆだねてよいのかなあ、と思ってしまうのです。

皆さんは、どうお考えになるのでしょうか??なかなか答えは見つかりませんよね。

カテゴリー: 日々是雑感 - 2009年9月25日